朱子学と陽明学は、
反対の思想のように、
言われるが、それは間違った解釈だ。
大きく違うところもあるが、
重なるところも大きい。
図にしてみると、こんな感じだろうか?
難波征男先生は、
王陽明は熱心な朱子学者の一人だと解説する。
ただ、熱心なあまり、当時の堕落した朱子学が許せず、
問題点をするどく批判した。
天才的な儒者・朱熹の足らずを補足し、
独自の解釈を加えていった。
それが王陽明だというのだ。
※朱熹(しゅき、1130年- 1200年)中国南宋の儒学者。
陽明学という言葉は、陽明の死から何百年か経った後に、
生まれた言葉だ。
陽明自身は、儒学の新しい学派を、
作ろうとしたわけではない。
当時の儒学に、禅や道教等の、
東洋哲学のエッセンスを加え、
斬新な解釈をし、非常にわかりやすく説いたのだ。
だから大部分は同じなのだ、では、
その違いはどこにあるか?
大部分は同じだが、異なる一部分があり、
そこがすごく違う。
儒学の目的は、
聖人になることであり、
そこへ至る方法論が示されたものだ。
その聖人へ至る「方法」が朱子学と、
陽明学では異なる。
朱子学の方法論は「格物窮理」と、
表現され、
陽明学では、
「心即理」と表現される。
「格物窮理」とは、誤解を恐れず言えば、
しっかりと勉強しなさい、本を読み、
偉人に学び、しっかり知識を身につけ、
それを探求し続けていくことで、
聖人に近づいていくんだよ。
そんな感じだ。
ちょっと重たい。
勉強嫌いのやんちゃ坊主は、
耳を塞ぎたくなるかもしれない。
一方の王陽明は、こんな風に言う、
自分の心を覗いてごらん、
学ばなくとも、
人として何をすれば良いか?
何が正しいかはちゃんと知ってるだろ?
誰にもバレないようにと、
悪さをしたとき、
胸が痛んだりするだろ?
それは、何が良いことで、
何が悪いことかをちゃんと知っている証拠だよ。
人は学ばずとも、
人として正しいことはちゃんと知っている。
(これを良知という)
教えられずとも自分の中に初めから、
聖人たる心(良知)が備わっているんだよ。
難しいことは何もない、
その心に忠実に生けていけば良い、
それを直向きにやっていけば良いんだよ。
そうすれば、ちゃんと聖人になれるんだよ。
陽明は、そのように説明した。
これを「心即理」という。
王陽明が生きた明の末期、
中国史上、一番政治が腐敗していた。
賄賂は溢れ、役人は自己保身に走った。
思春期の青年たち、
社会に憤りを感じる若者は、
熱狂し、陽明の言葉に涙した。
江戸幕末の日本、
社会不安は広がり、当時の政府はだらしなかった。
勉強嫌いの下級武士たちは、
当時、禁学とされていた陽明学に、
心を奪われていった。
その若者たちのエネルギーが、
新しい時代を作り、国を発展させた。
そして日露戦争で大国ロシアを破り、世界を驚愕させる。