英雄が生まれる伝説の書「伝習録」!?

 

 

伝習録とは、王陽明の言行録だ。

 

その伝習録、

陽明のこんなセリフから始まる。

 

「私の言葉をノートに取るな!!」

 

一言一句聞き逃すまいとメモをとる、

弟子にかけた言葉だ。

 

怪訝な顔をする弟子、

徐愛に陽明はこう説明する。

 

「いいかい、私は今、

  あなたと向き合い、

  あなたの心の偏りや囚われをみて、

  これが必要だと思うこと言っている。

  この言葉は、誰にでも、

  いつでも通用する物ではないのだよ。

 

  だから、私の言葉を

  金科玉条のごとく他で話せば、

  話した相手の道を誤らせることに

  なりかねないのだよ」

 

しかし、徐愛も恐縮しながらも、

こう言い返す、

 

「恐れ入ります、よく理解しました。

  しかし、お言葉ながら、先生!!

 

  教えていただいことを

  先生がいない場所でも、

  また、後世にも

  私は伝えたいのです。

  だから、書き残しておきたいのです。」

 

 

そうやって弟子たちが、

書き残した陽明の言葉を弟子の一人、

銭徳洪がまとめたもの、

それが伝習録(傳習録)である。

 

  ▶︎史上最強の古典 伝習録が大阪弁で蘇った?!

  ▶︎【超訳 伝習録】

 

 

伝習録は「語録」という文体で書かれている。

「語録」とは、誰かの発言や

手紙などをまとめた書物だ。

 

語録と対比される文体が「論説」だ。

「論説」には、

一般化された定理や法則が書かれる。

 

難波征男先生は、

語録の魅力をこう話される。

 

「語録のいいところはね、

  同じ文章を読んでも、

  読み手によって、

  得られるものが違うことなんですよ。

 

  陽明の立場で読む人、

  弟子の立場で読む人、

  また他の登場人物の立場で読む人もいる。

 

  それぞれが違った気づきを得る。

  これが語録の大きな魅力なんです。」

 

論説は、読み手によって

理解の差が生まれないように書かれている。

だから平均した学習効果がでてくるが、

突出した気づきもでてこない。

 

一方、語録から得られる気づきは、

百者百様だ。気づきも平均的ではない。

 

この百者百様学びから、

多くの天才たちが生まれた。

 

偉人たちは、

伝習録を傍におき、

人生の場面場面で

必要な示唆を、ここに求めた。

 

王陽明は、学者ではなく、軍人であった。

悩み深き青年時代を経て、

人間心理に深く精通した、

優秀な実務家であった。

 

学者では無いことが、哲学の理解に、

柔軟さと伸びやかさを与えた。

 

伝習録の行間には、

朱子学や仏教、道教の考えも見え隠れする。

 

後世の儒者、哲学者、心理学者たちは、

伝習録を「東洋思想の華」と呼んだ。

 

伝習録は全3巻で構成されている。

 

上巻には、

言葉づかいに逡巡する、

若き陽明の姿がうかがえる。

 

中巻には、

どんどん心と言葉が

磨かれていく壮年の陽明が。

 

下巻には、

まさに聖人に近づこうとする、

晩年の陽明の悟りが記されている。

 

中国大陸、朝鮮半島を経て、

伝習録が日本に伝わったのが1614年。

 

以来、

下級武士と町人の間で親しまれていく。

 

江戸時代、中期から幕末にかけ、

苦悩する若者たちは

同書に刻まれた言葉に涙した。

 

身分制度に縛られた

身分の低い武士たちは、

万人がもつ良知の可能性に身震いし、

回天の志士となっていった。

 

 

剣術が得意ではない、

貧乏侍の次男坊は、

医者を志し、テキストとして、

儒学書に触れた。

 

医術の前に道徳心に目覚めた彼らは、

儒医と呼ばれ、現代に通ずる、

自然療法を広めていった。

 

 

卑しいとされた商人たちは、

職業に貴賎があるのではない、

自らの良心の忠実に生きれば、

聖人になれる、良知の発露として、

商いをすれば良いのだと

伝習録から悟る。

 

彼らは後に「儒商」と呼ばれ、

政府の力を借りることなく、

史上最も豊かな都市、

「江戸」を作り上げた。

 

 

語録と呼ばれる文体が持つこの書籍が、

以降の日本人に及ぼした影響は、

計り知れない。

 

江戸期に心学」と表現された、

陽明学的な哲学は、

明治にも引き継がれ、1945年までは、

小学生の教科書にも反映されていた。

 

いわば、小学生でも触れることのできる、

身近な哲学であった。

 

誤解を恐れずいえば、

インテリ層よりも学の無い人、

落ちこばれや不良達に響く書物であった。

 

 

しかし、その哲学は、

今では、漢文を理解できる人達にしか

触れることの出来ない物となっている。

 

日本語訳された書物も、

勉強が苦手な人には(私も含め)、

ハードルが高い。

 

その哲学をたくさんの人と共有したい。

そう思う。